三浪大学生でも生きているブログ

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なぜ早稲田生は面白いのか

 

毎度のことながらお久しぶりです。

 

ツイッターで伝えきれない小話が増えてきたのでもう少し書いていこうと思います。

 

本題入ります。

 

◯なぜ早稲田生は面白いのでしょうか。

「早稲田生は面白いから」

トートロジーが始まりそうです。一方で「いや、内輪で言ってるだけで他大と変わらんだろw」と言われてしまうとぐうの音を掻き鳴らすくらいしかできないので、今日は三浪の浅い知見で「早稲田は違うもん(>_<)」と言い張るべく力ずくで紐解いてみようと思います。

 

早稲田生の面白さとは

そもっ、早稲田生の面白さってなんでしょう。僕が思うのはちょうど今日ギネ研が行った27時間連続ハグによるギネス更新、みたいな話が分かりやすいかなと。

 

僕の所感をいうと、

 

おもしれ〜www

 

というより、

 

頭おかしいだろ( ゚д゚)

 

ですね。これが早稲田生の面白さの本質だと思います。三浪なりに抽象化すると、

 

なんか突き抜けてる人、その言動

 

これは大衆娯楽ではないです。

故に、刺さる人には刺さるけど刺さらない人には全く刺さらない。ポカン状態。

 

昔恐竜が空飛んでた頃でしたか、もう忘れてしまいましたが、にゃんこスターって早稲田出身の芸人が縄跳び跳ぶだけで(厳密には跳んでない)名のあるコント大会優勝して、お金と非難を貰ったじゃないですか。

 

あれが良い例で、唯一つ、跳ばないことを突き抜けた結果、刺さる人には刺さってしまったが、人気も跳ばなかった。頭固め濃いめ多めの古き良き日本国民の怒りをも全部載せで総ナメしてしまったという没落話、落語。

 

とても早稲田的だなと思います。最近早稲田でもそんな話多いですよね。

 

まぁにゃんこスターはさておき面白い早稲田生に「つまんな」と叩いてる人に個人的に思うのは「大衆娯楽じゃないのにそれ言うのナンセンスじゃね。雅楽聴いてつまんなとか言うん?」という気持ちですがまぁ本題とズレるので置いときます。

 

早稲田生の面白さの独自性

でっ、ゆうてどこの大学も変わらんやろ、という話になると悔しいので、無い頭を振り絞って無理やり早稲田生を差別化していこうと思います。

 

同調圧力からの解放

早稲田は良くも悪くも内地雑居。

一般入試、センター受けて入ってるの55%

 

ちょっと改めて見るとまじかって数字で、留学生もAOも推薦も得体の知れない人がたくさん入ってくる。

 

加えて内部といわれる人達にもシンガポールとか外国の内部というトリッキーなポジションから来る人やサガケンから来る人いたり、残念ながら普通な人そんないない。

 

そのうえサラダボウルを良いことに、自分も居場所あると夢見る浪人生、多浪生という脱社会、脱同調圧力ガチ勢まで押し寄せる。

 

ちな、55%のうち現役は6割くらいぽい。

ってことは、受験戦争普通に勝ち抜き、社会から外れることなく早稲田来てる人間は3割くらい。

 

そりゃ変なのが過半数占めてれば、校風として、皆自分の追求したいこと突き抜けていいんだ、というかむしろ、突き抜けなきゃ!という通常と逆向きの同調圧力すら生じてるのかなと思います。

 

他大の人が「変な人いなくてつまんない」とか言ってるの聞くと、そういう逆向き同調圧力が早稲田はうまく機能してるのかなと思ったりします。

 

かつて哲学者ミシェルフーコーは自分が馴染めない世の中クソ、といわんばかりに理論武装しまくって本書いて、きっと時代が時代なら「完全論破w反論なければ俺の勝ちだが?」とか言ってると思うんですが、彼が今の早稲田に来たら周りに受け入れられてしまい『狂気の歴史』出し損ねそうなレベルです。

 

②都市、歴史に刻まれた文化

少し都市論?都市文化論?みたいな話になるかもですが、早稲田って新宿区ですし、やっぱ街が頭おかしいんだと思います。完全に持論ですが。

 

僕も新宿歌舞伎町(のうどん屋)で夜のお仕事(夜勤)していたのですが、破天荒なキャバ嬢ホストオネエばかりで週2で固定概念が溶けていく日々でしたが。朝外出るとキャバ嬢が裸足で徒競走してるしホストが道路で野球してるし。交番の目の前で。

 

戦後の日本、新宿には全国初の歌声喫茶「灯」やもろにアメリカの文化だったジャズ喫茶、さらにはゴールデン街、合法的に買春できる地区が創設され、アヴァンギャルド、享楽的な盛り場ができたわけですが、結果的にその後新宿という街は大人、既存の文化に反する若者の象徴的都市になり、舞台や映画などのカウンターカルチャーが隆盛、自由奔放な若者が跋扈する街になったと。

 

他方、戦前や既存の考え方から逸脱するエネルギーがなく受け入れがたい大人達は石原慎太郎大島渚といった監督の攻めた映画を規制し、舞台を規制し、影響受けた若者を弾圧し、新宿という街自体に規制をかけ、駅で集まって大合唱していた数百人のフォークシンガーなどもデモの温床になるという懸念で取り締まったり、ドンパチやってたわけです。

 

ってことで、今の早稲田と大して変わらない気がするんですよね。

違うのは安保闘争のような綺麗な二項対立が無い、カウンターカルチャーが爆発できるほどの強い共通の敵・概念がないことくらいだと思います。これは規制する側有利な時代ですね。

 

んで、例えば、なんかよくわかんないけど早稲田にはアロハシャツデーがあります。多分上智浴衣デー、理科大チェックシャツデーに便乗した思いつきなんでしょうけど、アロハ着て、サングラスして、ウェイしてるんですよ。

 

あれの良し悪しを評価する気は無いんですが、あの姿、それこそ1956年、石原慎太郎芥川賞取った『太陽の季節』が映画化されて若者の間で自由の象徴として流行した“太陽族”の姿まんまなんですよ。

 

奇しくも、戦後の若者は大人の言うこと聞いてればいい、みたいな鬱屈した時代に抗う人物像として描かれメディアに“太陽族”と持て囃されたファッションを、この2018年に早稲田らしさなどと謳いウェイウェイしながら着てるわけですよ。めちゃめちゃ面白い、滑稽じゃないですか。時代錯誤もいいとこですよ。

 

古今東西の文脈がぶっ壊れ混沌とし何でもアリになってる早稲田にはまぁそこまで考えると合ってるのかなと思います。その意図が彼らにあるかは知らないです。

 

話を戻すと、やはり無意識にでも歴史を繰り返してしまうほどにこの早稲田、新宿という場所は低気圧というか、空気読む圧力が低い場所なんだと思います。自分貫き放題、台風不可避ですね。

 

 

まとめ

まぁそんなわけで、早稲田生はその土地に脈々と続く歴史・文化的にも、そして制度的にも、良い意味で周りに迎合しないユニークさ、面白さを持ちうるんだと思います。(早稲田大学自体の歴史については、くそ詳しい人とかやっばい思想強い人達に何か言われそうなので言及しないでおきます。)

 

やっぱ音楽にしろダンスにしろ勉強にしろ哲学にしろビジネスにしろ、なんか突き抜けてるって魅力的だし、自分自身目指したいところのクリエイティブ、アートですね。

 

ってここまで考えてみると、

確かに少しは他の大学と早稲田って明確に違うのかもなって気分なってきません?

きませんよね_(:3 」∠)_

 

おわり